俺言魂(おれごんだましい):平田孝 スポーツ教育者

心と体を鍛え
地球上どこへ行っても
胸を張って生きられる
知的な野生人になろう

自分の身を守るために 1

災難は忘れた頃にやってくる、という。

災難は何時起こるか判らない。だから自分の命は自分で守る。それには非常時に備えた、日頃の心構えや訓練が大切だ。非常時にどう逃げるかを考えておき、自発的に訓練する。非常時の脱出には的確な判断、臨機応変、機敏な行動が必要だ。脚力は普段から鍛える。緊急時の逃げ道を、事前にいくつも考えておく。

私は気配で悟る訓練をしている。レスリング選手当時、技の研究で柔道の名人三船10段に「相手の気配で悟り技をかける」を学んだ。以後私は「気配で悟る」の考えを活用している。日常のあらゆる時に役立つ教えだ。

◇自分の命は自分で守る 何事も訓練による慣れと習慣

安全は人に頼らず、油断は禁物。自己防衛力が大切だ。

非常時にいかにして我が身を守るか。自己防衛は、自分が生きるための第一手段だ。私は75年の人生のなかで、命拾いをしたことが幾度もあった。日本、アジア、中近東、ヨーロッパ。そして、今住んでいる米国でも、度々生命の危険に出会った。しかし幸運にも生き延びてきた。理由は「気配で悟りながら」日々の活動や生活をしてきたからだ。

「気配で悟る」という事は、自分の周辺は安全か否か、周囲の人間の良し悪し、物騒な人間はいないか、常に確かめる。これは訓練に寄る慣れと習慣である。

そうはいうけれど、いくら自分だけ頑張っても不可能な場合もある。例えば、旅客船、旅客機、電車、乗り合いバス、高層ビル内、不特定多数の集まり、花火大会の橋の上……とさまざまだ。その時は不可抗力、不運だと諦めるしかない。せいぜい信頼できる会社や運転士を選びたいけれど、個人的には難しい。

事前に避けられる場合もある。屋内の大集会や花火などは、注意深く行動すれば災難から逃れられるだろう。事前に場所、時間、人数などを確かめる気配りを養い、できるだけ逃げやすい端に居たほうがいい。
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自分の身を守るために 2

◇早寝早起きは 安全と健康の基

最も危険な行為は、夜遊びと夜歩きだ。これは自主規制して止めれば良い。意志の力だ。早寝早起きをすれば健康にも良い。

日本は、廣島長崎の原爆の悲惨以後、戦後の66年間にわたって平和をうたい、世界的に治安の良い国と自負してきた。浅間山荘事件や地下鉄のサリン事件と数々の凶悪事件を経へながらも。ところが実際はパイロットが携帯で写真を撮ったり、列車の運転手が居眠りしたりなど、一部に人心の乱れがある。

秋葉原の無差別殺人事件もあったし、先日はトンネル内で列車が全焼した。また警備保障会社では預かった6億円の現金が強奪されるという呆れたニュースもあった。6億円は大金だ。安全を保障する会社が誠に不安全だ。最近の日本を見ていると不安で、信用できぬ情報が多い。これらはすべて大事に対する心の油断である。人心の乱れている証拠である。

「横断歩道みんなで渡れば怖くない」は、もっとも危険である。この度の地震津波は、千年に一度と云われる大災害大津波だ。多くの尊い人命を失った。報道によれば死者行方不明者の合計が23,547人。避難生活者が8万人。

被災地のある小学校では80%の児童が犠牲になったという。九死に一生を得た生徒の話では、集合させられ、30分ほど避難説明をきいているうちに津波に呑まれたという。生き残った生徒は独断で逃げたそうだ。自己判断で自分の命を永らえた。指示をまった生徒はほとんどが全滅。実に残念な話だ。「気配で悟る」リーダーの速やかに適切な判断があれば、生徒全員106名の命を守れたのではないか。

何事につけてもリーダーの判断は重い。
関係者は皆を一緒に安全に避難させようと相談中に津波に襲われたという。何とも残念な話で、各自が自己判断で逃げる訓練をしていれば、集合者がするようなミスは避けられた。すくなくとも全滅はしなかったはずだ。

今、世界に安全な国は無い。天災とテロを含めて、地球上何処にも事故や事件がある。周囲の安全を確かめ、気配を悟り生活することが大事だ。それには心身を鍛える事だ。老若男女の関係なく、誰にでもいえる。自分は自分で守るという訓練が大切だ。
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自分の身を守るために 3

◇気配で悟る

東京大空襲の時、私は皆と防空壕に避難しなかったから助かった。気配で悟ったからだ。周囲の大人に勧められたけれど、隣組の避難所と防空壕に入らなかった。独断で逃げて助かった。東日本大震災の津波の動画を見るたびに、私は自分が逃げ惑った戦争の東京大空襲を思い出す。あの時、私は近所の人と防空壕に入らず、独断で玉川へ逃げ、助かった。あの命拾いをした時が蘇る。防空壕に避難していたら、今の自分は存在していなかった。

私の体験は、臨機応変な活動と「必死に走る」こと。普段の訓練が肝心だ。それらは一朝一夕には不可能、長期の習慣的な訓練が大切だ。良いことも、良くないことも、習慣になる。

スポーツは練習しないと、強く、上手くなれない。武道などの剣術でも稽古が重要だ。訓練とは上達する為にするのだ。但し自分の能力に合わない訓練は駄目だ、素質に合わない訓練は努力しても無駄だ。まず自分の性格と体格を自分で悟ること。他に相談して客観的に判断してもいい。しかし自分が一番良く知っている。その上で努力を積み重ねることが肝心。

命は自分で守る。自分の命は自分で守るのはあたりまえだ。それには、普段の心構えや、気力と体力が必要だ、非常時の判断力、臨機応変の機転、そして実行する体力。これらは一朝一夕に、思いつきでは実行できない。常に非常時を想定して心と体を鍛えておく。事件やニュースに関心を持ち、事件の起こった背景を考えてみよう。事件には原因がある。深夜の公園、人のあまり通行しない寂しいところ、ヨッパライ、風体の良くない人間などなど、考えると事前に避けられる事件がかなりある。後悔先に立たず。よく自分の行く先を見極めて生活することだ。

成せば成る。成さねば成らぬ何事も。成さぬは人の成さぬなりけり。
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電気のない時代を生きる 1

◇大地震津波と戦災

東日本沿岸各地を襲った大津波は、東北周辺地域に壊滅的な被害を残した。死者は25,000人を超えるという。現在、仮設入居者は約4割 避難者は、いまなお88,000人。発生から3カ月以上経って。復興再生の道筋すらない。事故を起こした福島原発は未だに放射能漏れが続き、収束もなお不明。今後のエネルギー政策に大きな問題を与えているという。

日本は今、戦後最大の危機に直面している。しかし政治にリーダーシップが発揮されず、連日被災者不在の政争に明け暮れるから、政治不信が続いている。その上、政府筋の発表によると、30年以内に首都直下地震の可能性があるという。予断を赦さない時だ。

戦後、日本は「世界に追いつけ、追い越せ」と驚異的発展を続けた。世界でも稀な速さで復興し、発展をとげてきた、その原動力は原子力発電である。日本は現在、世界第2の原発利用国であるという。高度成長はすべて資源の輸入と原発のお陰だった。

現在、日本には50基以上の原子力発電機が稼働しているという。原発に頼る工業国だ。工業生産、公共施設、交通機関、家庭生活環境、そして娯楽施設など、日本全国はいたるところ、電化で溢れている。街に出れば自動ドア、エスカレーター、エレベーター、広告やネオン塔……。家庭は、エアコン テレビに洗濯機、冷蔵庫 炊飯器、電子レンジ、湯沸かしポット……。被災者仮住宅には、洗濯機 冷蔵庫 炊飯器他を「生活必需5点セット」として無料で提供している。非電化な戦中戦後を生きてきた私には、なにからなにまで言葉にならない進化である。

その原発利用も限界にきたようだ。福島原発放射能漏れ事故は世界に衝撃を与えた。すでにドイツは「2022年までに、全ての原発を廃止する」と閣議で決定した。イタリアは全廃した原発の再開について、国民投票で94%が原発廃止に賛成した。他の国は次々に「原発から自然エネルギーなど、他のエネルギーへ転換」の取り組みを始めている。
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電気のない時代を生きる 2

■終戦後の耐乏生活と人間の力

震災復興救援活動と、私が体験した戦災復興が重なる。大空襲で焼け出され、命からがら逃げのびた生活。そんな66年前と今は雲泥の差。昔は働かざる者食うべからず。今は生活保護。実に感慨深い。

戦中戦後、私たちは衣食住のすべてが耐乏生活だった。老若男女、みな我慢した。日本中すべて物資欠乏だから、不平が言えない。敗戦直後、海外からの引き揚げ者には援助があった。しかし一般人に対する政府による生活保護など聞いた事がなかった。健常者は頭脳労働、肉体労働。一億みなよく働いた。「働かざるものは食うべからず」が当たり前だった。それに引き換え、今は200万人が生活保護を受けるという。終戦後の2004万人に次ぐ多さ。しかし、どうも今は「働く気力の乏しい若者中年」要するに覇気のない人間が増えただけだと思う。だからこれからの日本に不安がある。

戦後は誰も助けてくれない時代だった。町は焼け野原。しかし失業者は見当たらなかった。ほとんど皆、なにかしら動いていた。モク(タバコの吸殻)拾いに釘拾い、靴磨き。それでも生活が苦しいといって自殺する者も聞かなかった。敗戦から復興へ。夢に向かう、逆境を精神的に生きるという強さがあった。今はそれに欠けている。教育や家庭環境に問題があると思う。

今の世は、こどもに限らず誰にも過保護だ。戦後の頃は違う、何事も自分の事は自分でやった、やらざるを得なかった。生死の境を生きのびる。B29爆撃機が雨のように投下する焼夷弾。ただ逃げに逃げた。恐ろしかった。夢中で走るうちにそれも忘れた。ただ走る。あれが生死の境だった。よく逃げたと思う。あれは韮山疎開の、山の開墾労働で鍛えた体力と根性だ。

戦中戦後の一般家庭は、風呂、洗濯、飯炊き、料理など一切が人の労力だった。電気といえばラジオと部屋の明かりだけ。その他は機械モーター工業用などに使うだけ、と思っていた。だから生活に電気がなくても困らなかった。

昔は、どこに行くにも歩いた。なんでも自分でやった。だから今いう省エネも「できることは自分の力でやる」をこころがけることだ。

今まで、電気に頼り過ぎた。人間が動かなくなり、弊害として運動不足による病気も増え続けた。便利な電動化は不健康化につながり、人びとに怠け癖をもたらす。便利過ぎは、人を怠けさせる。それが進めば国を滅ぼすもとになる。このままでは日本は滅びる、日本の精神も滅びる。衣食住に足り、飽食、物余り。なにもかも過剰で便利な日本の時代は、原発事故を教訓、改める必要がある。一人一人が真剣に考え生活することだ。

わがままを控えること。便利さは人を不幸にする。何でも「自動」に頼り、便利を求める時代は終った。これからは贅沢を控え、できることは自分でやる心を養いなさい。震災直後に石原東京都知事が「我欲を捨てろ」と言った。同感だ。電気があれば何でも自動化という便利さは、過ぎると人を不幸にする。

戦後66年。復興から世界が驚くほどの経済発展を遂げた日本。しかし原発を得て電化繁栄という時代は過ぎた。世界一平和な国と言われた日本も、過去13年連続で3万人を超える自殺者だという。経済発展もいい加減にすべきだろう。

震災と原発事故を教訓に、エネルギーについて考え、自らのライフスタイル考えるときだ。長い歴史の中で常に自力更生をスローガンに国つくりをした、かつての中国を見習うべきだ。それにはまず「自分の身体は自分で管理」の率先垂範だ。自分の心と体を鍛える、なんでも自主的に行動する。電気の自動化ではなく、「自分の自働化」だ。省エネ、節電は「自働化」から。体力作り、健康管理の第一歩ともなり、節約と健康の一挙領得だ。
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お見舞い申し上げます

19号台風と洪水

お見舞い申し上げます

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