俺言魂(おれごんだましい):平田孝 スポーツ教育者

心と体を鍛え
地球上どこへ行っても
胸を張って生きられる
知的な野生人になろう

【お知らせ】白血病と闘う長島和幸選手の経過報告

馬鹿な話 馬鹿もいろいろ

バカにもいろいろある。

まずスポーツ馬鹿だが、これには特に思い出がある。私が新婚当時、ニューヨークのアパート八田会長が訪ねて来た時のこと。

『日本にはスポーツ馬鹿が多くて困る、強くて有名になると思あがり、社会人としてのマナーをわきまえないスポーツ選手が多くて困る。とくに棒振りに多い』と云うのだ。

棒振りとはなんだろうと思ったら、あるプロ野球の当時のホームラン王の平素の態度が横柄で柄が悪い、ということであった。

最近のスポーツ界では、あるプロ選手が米国チーム入団の発表のため米国入りし、米人記者に

「貴方の着ているTシャツには麻薬の葉が描れているが、日本では問題にされないのか?」

とTVでインタビューされた。当の本人はニコニコしているだけだった。
 
次の日の記者会見で新しい米国生活を問われ「私は馬鹿だから何も気にしない」と答えていた。あの選手は自分でスポーツ馬鹿を公言していた。

別のスポーツで、オリンピックで2連勝した金メタルの選手が、未成年の女子選手にからむ飲酒をともなうという醜聞。これもスポーツ馬鹿の典型。

芸能界も似たようなもので、自称「将来の人間国宝」六本木を舞台に全国にその名を馳せた 梨園の名を汚す役者馬鹿がいたなあ。

政財界、とくに現役の政財界には特に多く見受けられるのは【偏差値馬鹿】だ。

 知事に長幼の序を薫陶し、気合をを入れた親分肌の大臣。
 国会の質疑応答で、脇目もふらず一心に演説を朗読する議員。
 会議中に忍者のように消え、コーヒーを飲んで来る余裕しゃくしゃくの大臣。
 云うだけ番長と書かれ、取材禁止をいいわたした実行力のある大臣。
 就任挨拶で私はシロトウですから、と正直者の大臣。 
 110億の巨費を投じて開発したSPEEDIが事故当時役立たず、其の存在すら知らなかったという。当時、関係した官房長官、大臣等5人。
借金返済にマカオ賭博へ出稼ぎ、110億円を摩った紙おむつメーカーなど紙業の社長。
どれも名門大学出とあるが 表門?裏門?迷門? 

 挙げればきり無しこれまで。
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みんなでつくり直そう やり直そう日本

今、地球上はあっちもこっちも経済恐慌の嵐、各国で暴動や革命騒ぎの真っ盛り。
日本だけ平和ボケしている時世ではない。
国民が今の政治の有り様に目覚めるべきだ。

日本の政治が今や戦後最低最悪状態にみえる。
政治家として未熟な輩が政治を操っているから、国民が明日の希望を持てなくなる。
日本のサッカーチームが国際試合で、堂々と君が代を歌い日の丸を掲げられない。
そんな弱腰外交は嘆かわしい限りである。

次回の選挙は愛国精神と気骨ある人間を国民が選ぶこと、
それには選挙民が政治に目を向け、しっかりとした知識と
判断力をもって投票に臨むことだ。選挙はタレントの人気投票ではない。

敗戦し米国統治から開放されて65年。もう戦後ではない。
憲法を改正し「独立国家日本」として米国と付き合おう。
いつまでも米国の傘の下では駄目、国民もみんな自分のカツパを着なさい。
自分の国は自分たちで作り守る、責任と気概を一人一人が培う努力をする。
今の日本は 世界のどこから侵略されようとも、
「米国無くしては国民を守れない」という状態ではないだろうか。 

米国は日本の“トモダチ”である。
しかし、いつまでもべったりと友に頼ってばかりは居られない。
皆が誇りを持てる国、祝日には日の丸を揚げ、
スポーツ試合や教育の場から君が代が聞こえてくるような、
そういう国日本に私は生きたい。



歌詞はこちら
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新年のご挨拶

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謹んで新春のご挨拶を申し上げます。
皆様がお元気に活躍されますことを心からお祈り申し上げます。


2012年元旦


平田 孝
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2012年から始めます

私がレスリングに関わって60年の節目を迎えました。
来年は私たち夫婦も50年の節目を迎えます。

大きな節目を迎えて、いま、私は何をすべきか。
どうすれば成せるかを考えました。

私はレスリングの父、八田一朗から、
日本レスリングは武道から学べと教えられました。
そこからつながるすべての人へ
今までの出会いに感謝しつつ
皆さんと歩んだレスリング人生で得た経験を、
次の世代に残したい。

武士道に基づき、レスリングを通じて、
日本はもとより、明日の地球を担う若者を育てたい。
チビッコレスリングを始めた私にはその責任があるとも考えています。

心と体を鍛え、世界中どへ何処へ出かけても、正生堂々とした態度でいられる。
そんな少年を育成するために、全国を巡回し指導したい。

実技の指導は、今のレスリング界のリーダーにできるでしょう。
しかし、メンタルな部分ではどうか。心を鍛えるという役割なら、
戦争や、日本のレスリング創世記の、私の体験が役立つのではないか。

若い選手たちだけではなく、指導者、父兄にも、それぞれの役割を再認識し、更なる自己能力の開発を促したい。

正しいことをしていて迷っているなら、自信を持てと励ましたい。
気づかずに間違っているなら、それは違う、とハッキリ言ってあげたい。

私が信頼でき、尊敬できた先輩、同輩たち。
確固たる信念を持って、イエスとノーを言えた人間がどんどん減っている。
だからこそ、私は、いま、次の世代のために働きたい。

2012年、平田孝は動きます。
もし私にできることがあれば、ぜひ、ご相談ください。
ご協力いただきたい方には直接、ご連絡いたします。
日本全国、どこにでも参ります。

どうぞよろしくお願い申し上げます。
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2011年は再起動の年にするつもりでした

2011年の正月に日本に行きました。
みなさんお世話になりました。

日本行きの理由のひとつが、第10回全日本マスターズレスリング選手権大会でした。何人かの来場者と旧交を温めました。でもそれで終わるつもりはありませんでした。

日本での活動を再開しようと考えていたのです。

私は、1976年にスウェーデンの世界選手権に参加し、日本代表フリースタイルとグレコローマンスタイルの2チームの総監督として同行しました。それから協会を離れ、2000年頃まで、子供たちにスポーツを通じて教えたい、学んで欲しいと思って活動をしていました。この時期の活動はとても人気があって、日本全国に及び、多くの教え子たちがいて、立派に育っています。

そして2011年。件の活動も終わってしばらく経ち、久しぶりに昔の仲間達に会おう。新しい形で活動を再開しようと思いました。そこで、第10回全日本マスターズレスリング選手権大会にデビューしたわけです。もっとも、主治医の強い要請で試合には出られませんでした。いまでもそれが残念です。

ただし、会場にいた皆さんには温かく迎えていただきました。乾杯の音頭も取らせて頂きました。その後、いままで何をしていたんだと、いろいろ質問も頂きました。でもああいう場所では、長い話が更に長くなってしまいます。

「あとでゆっくり話すよ」
と、その場でいいました。

その時は、私は4月から日本で活動すると決めていました。日本全国、全県をめぐって、旧友を訪ね、長らくの無沙汰を詫び、積もる話をして、年寄りだけども、日本のために新たな気持で、教育をことをやろうじゃないかと、激励して歩くつもりでした。

その準備の矢先に、あの大震災があったわけです。

実は、日本に行く前に、私の親友、藤田徳明(日体OB)君と電話で話していました。彼は闘病中でもう動けなかった。
「先輩、日本に行って皆にあったらよろしく伝えてくれ。
 そして、アメリカに戻ってきたら、皆の様子をきかせてくれ」
彼とはそんな約束をしていました。

しかし、アメリカに戻ると連絡があって、いまは容態が悪い。なんとか元気になるから、そうしたら呼ぶから、ぜひ来てくれと……。その連絡を待っていました。

大震災からしばらくして、私はアメリカ人の友人からのメールで、藤田君の訃報を知りました。インターネットのコミュニティのどこかで「元レスリング選手で、日本からアメリカに来て成功した藤田が亡くなった」という情報が流れたそうです。ニューヨークアスレチッククラブに連絡をしたところ、その噂が事実だと知りました。日本語でお悔やみの手紙を送り、奥さんから返事が来ました。最後まで私に会いたがっていた。日本のことを気にかけていたと。

私は、私自身はもちろんですが、藤田くんをはじめ、多くの仲間達たちのためにも、日本での活動を再開しようと決意を新たにしました。
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アメリカで米を作った日本人の真意

以前、サクラメントで日経二世が経営していた幸田牧場を見学した。
日本の米を作っていた。大規模な農場だ。
耕作は大型農耕機、種まきや消毒は小型飛行機から行う。
見渡すかぎり、360度一面の水田だった。

こんなに収穫してどうするのですか?

幸田さんは笑いながら私に言った。

私たちは、日本との戦争中に敵国人種と云う理由で財産を没集された。
日系人は全員、強制収容キャンプで生活した苦しい経験がある。

それ故に、祖国日本で同胞が米不足に困るような事が起きたときには、
アメリカで作った米で祖国を助けたい。
その信念で、あのカリフォルニア砂漠を開拓し、水を引き、
一大穀倉地帯を築いてきたのだ。

それから数十年経ち、経営者は米国人になり、品種改良は年々進み、味は日本に殆んど劣らない米ができている。

TPP交渉で、世界経済の国境がとりはらわれるとなれば、幸田さんたちが作った米、母国日本を助けようとした『夢の米』が日本農家を脅かすことになってしまう。

まったく皮肉な話である。

私はアメリカに住んで長いし、遠征先各国で米を食べた。
改良改善、バイオのお陰で、今のカリフォル二ア米は旨い。
日本米の最高品種に決して引けを取らない。
特に錦米はじめ週十種の米は、二世の人びとにより改良に改良をかさねられ、今日まできた。
その努力は、祖国を飢えから救いたい。しかも旨い米で救いたいという気持ちからである。もちろん、虐げられた民族としての意地もあるだろう。

そうした努力の結果として、旨い米が、日本の2分の1から3分の1の値段になった。
しかしこれでは、日本の農家は太刀打ちできないという。

もし米の自由化が実現したらどうなるか。
幸田氏の、我が米を日本へという悲願は叶う。
しかし、日本の農家は苦しむ。それはけして、アメリカのコメ農家の本意ではない。

日本のニュースを聞くと、民主党内でも参加の賛否で党内が割れていて、農協、経団連、その他の団体などのさまざまな意見があるという。

国民生活に直接影響を与える経済の重要会議について、国民に直接説明が必要と思う。
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One for all, All for one

自他共栄の精神

これは柔道の創始者嘉納治五郎の武士道精神である。

東北災害地の瓦礫処分と苦情
東京都の石原都知事が被災地の瓦礫の処分を引き受け、
埋め立てをはじめたら、
何千通もの抗議の電話やメールが都庁に入り、係りが対応に追われたという。
私は東京生まれで3代目、同じ江戸っ子として残念だ。真に情けない話だ。

鳩山君は友愛とか何とか云っていたが、昔は向こう三軒両隣助け合あったものだ。
今の東京は昔のような助け合いは無理でも、
友愛の精神には変わりはないはずだ。
あまり我欲を張らず、困った時はお互い様、
助け合いの精神だけは昔とわらず、みんな持ちたいものだ。

誇りある東京のみなさんお願いします。
自他共栄の精神が今生きるのだ。

瓦礫は埋め立てに使っていると云うから、
小松左京さんが云うように
日本が沈没しないで済むように協力しましょう。

英国ラグビーの言葉
 
One for all, All for one
      
一人は みんなの為に みんなは 一人の為に

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アメリカの学校スポーツは観戦を考慮する

■大学スポーツは莫大な収益をあげる。

秋、アメリカはフットポールシーズンである。9月に始まり、まさにいまが真っ最中。毎週末は沢山のTV局がフットボールの試合を放送する。お茶の間もスポーツバーも賑やかになる。毎週、各地で合わせて80試合以上が開催されて、観客動員は400万人以上。これが10~12月まで続く。スタジアムの入場収入は莫大となる。各地で熱戦中のフットボールを例に、米国のスポーツパワーを紹介したい。

大学フットボールリーグに参加する大学は713校あり、NCAAまたはNAIAに所属している。

その内訳は、

全米大学体育協会
NCAA(NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSOCIATION)
 Division 1(大規模大学)27リーグ 244校  
        FBS(メジャーリーグ) 12リーグ120校
        FCS(マイナーリーグ) 15リーグ124校
 Division 2(中規模大学)15リーグ 141校
 Division 3(小規模大学)31リーグ 238校

全米大学運動選手協会
NAIA(NATIONAL ASSOCIATION OF INTERCOLLEGIATE ATHLETICS)
  9リーグ 90校
となっている。

大学フットボールは人気があるから、どの試合もほぼ満員だ。大学のスタジアムの観客席はたいてい5万人を収容可能。ミシガン大学、アラバマ大学、ペン・ステーツ大学、などの人気のある大学スタジアムでは10万人以上の観客席がある。しかも満員になる。

米国にとってフツトボールは、野球に次ぐ国技のようなスポーツだ。ただし野球と違い、格闘球技のような感覚で、米国では陸 海 空軍の付属大学も参加している。これらを合わせた9月の全米大学の試合数は、1週あたり平均80試合。4週で320試合になる。

入場券はインターネットで各大学が販売している。50ドル~80ドルと、価格はまちまち。シーズン単位のチケットなどは既に売り切れで、市場ではプレミアが加わり高値で売買され、数千ドルに跳ね上がる場合もある。

こうした観戦試合が10月から始まり、12月の決勝まで続く。ローズボールその他の約20試合も合わせると、総試合数は1000回近くになるだろう。一試合平均5万5000人が観戦したとして、シーズン合計の動員観客5千500万人。観戦料を50ドルと少なく見積もっても、合計収入は2750万ドル。21億円超となる。この莫大な売上が、全部主催大学の収入となる。
そこで興味本位に、大学競技場の収容座席数を調べた、

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(クリックで拡大)


スタジアムには個人名が冠してあるが多いが、これは大学OBや篤志家の寄付により建設されたことを意味する。

■NCAAの強大な力 アメリカンスポーツビジネス

大学スポーツはテレビ番組で放送される。土曜日の中継は特に多く、好試合の多い日はチャンネル選びで忙しい。広告媒体としても優良と見えて、米国企業だけではなく、ヨーロッパや日本の企業も協賛している。トヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダ、ソニーなど、日本企業のコマーシャルでTV中継も賑やかになる。

こうしたTV放映権やスポンサー料、コマーシャル料などは、全米大学体育協会(NCAA:NATIONAL COLLEGIATE ATHLETIC ASSOCIATION)が取り仕切る。NCAAは1906年に発足した。オリンピツク競技をはじめ、23競技で88大会を運営している。ここに全米1200の大学が加盟し、競技選手は36万人であるという。

このNCAAによる体育選手奨学金制度が、選手育成に大きな貢献をしている。

先の2011年世界陸上選手権大会では、米国が金12を含む25個のメダルを獲得した。ロシアを引き離し、1位だ。こうした有能な選手を支える基盤として、奨学金制度というマネーパワーがある。陸上競技を例にすると、全米には100メートルを10秒台で走る選手が100人以上いる。そのほとんどは陸上の名門大学にスカウトされ、奨学金で大学進学し、活躍するというわけだ。大学スポーツに於けるNCAAの影響力は甚大である。

■日本とは大違いな学校の体育館

教育という観点で見れば、スポーツで重要な要素は勝敗やプレー内容だ。それに加えて、米国の学校スポーツの特徴は、『観衆に見せて収益を計る』であろう。だから、体育館の建設時は観客席を計画に入れている。

米国では、小学校から大学まで、全ての学校体育館に観覧席がある。たいていは移動式折りたたみ形の座席で、学校の規模により1000席から2000席ぐらいが普通だ。これに加えて、スタジアムを持つ大学もある。

そしてスポーツシーズンになると、そこで行われる試合は有料があたりまえ。高校バスケツトボールの盛んな地方では、毎試合4000~5000人の観客動員であり、学校の収益はかなりなものとなる。米国の学校はスポーツ試合で収益を得ている。もちろんそれはスポーツ教育へ還元される。だからスポーツの質がどんどん高くなっていく。
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大震災に思う - 私の戦争体験 目次

私の戦争体験
 震災津波と戦災に思う
 疎開編1 にわか農家になる
 疎開編2 疎開生いじめに遭う
 東京大空襲
 沼津大空襲

大震災に思う
 自分の身を守るために 1
 自分の身を守るために 2
 自分の身を守るために 3
 電気のない時代を生きる 1
 電気のない時代を生きる 2
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電気のない時代を生きる 2

■終戦後の耐乏生活と人間の力

震災復興救援活動と、私が体験した戦災復興が重なる。大空襲で焼け出され、命からがら逃げのびた生活。そんな66年前と今は雲泥の差。昔は働かざる者食うべからず。今は生活保護。実に感慨深い。

戦中戦後、私たちは衣食住のすべてが耐乏生活だった。老若男女、みな我慢した。日本中すべて物資欠乏だから、不平が言えない。敗戦直後、海外からの引き揚げ者には援助があった。しかし一般人に対する政府による生活保護など聞いた事がなかった。健常者は頭脳労働、肉体労働。一億みなよく働いた。「働かざるものは食うべからず」が当たり前だった。それに引き換え、今は200万人が生活保護を受けるという。終戦後の2004万人に次ぐ多さ。しかし、どうも今は「働く気力の乏しい若者中年」要するに覇気のない人間が増えただけだと思う。だからこれからの日本に不安がある。

戦後は誰も助けてくれない時代だった。町は焼け野原。しかし失業者は見当たらなかった。ほとんど皆、なにかしら動いていた。モク(タバコの吸殻)拾いに釘拾い、靴磨き。それでも生活が苦しいといって自殺する者も聞かなかった。敗戦から復興へ。夢に向かう、逆境を精神的に生きるという強さがあった。今はそれに欠けている。教育や家庭環境に問題があると思う。

今の世は、こどもに限らず誰にも過保護だ。戦後の頃は違う、何事も自分の事は自分でやった、やらざるを得なかった。生死の境を生きのびる。B29爆撃機が雨のように投下する焼夷弾。ただ逃げに逃げた。恐ろしかった。夢中で走るうちにそれも忘れた。ただ走る。あれが生死の境だった。よく逃げたと思う。あれは韮山疎開の、山の開墾労働で鍛えた体力と根性だ。

戦中戦後の一般家庭は、風呂、洗濯、飯炊き、料理など一切が人の労力だった。電気といえばラジオと部屋の明かりだけ。その他は機械モーター工業用などに使うだけ、と思っていた。だから生活に電気がなくても困らなかった。

昔は、どこに行くにも歩いた。なんでも自分でやった。だから今いう省エネも「できることは自分の力でやる」をこころがけることだ。

今まで、電気に頼り過ぎた。人間が動かなくなり、弊害として運動不足による病気も増え続けた。便利な電動化は不健康化につながり、人びとに怠け癖をもたらす。便利過ぎは、人を怠けさせる。それが進めば国を滅ぼすもとになる。このままでは日本は滅びる、日本の精神も滅びる。衣食住に足り、飽食、物余り。なにもかも過剰で便利な日本の時代は、原発事故を教訓、改める必要がある。一人一人が真剣に考え生活することだ。

わがままを控えること。便利さは人を不幸にする。何でも「自動」に頼り、便利を求める時代は終った。これからは贅沢を控え、できることは自分でやる心を養いなさい。震災直後に石原東京都知事が「我欲を捨てろ」と言った。同感だ。電気があれば何でも自動化という便利さは、過ぎると人を不幸にする。

戦後66年。復興から世界が驚くほどの経済発展を遂げた日本。しかし原発を得て電化繁栄という時代は過ぎた。世界一平和な国と言われた日本も、過去13年連続で3万人を超える自殺者だという。経済発展もいい加減にすべきだろう。

震災と原発事故を教訓に、エネルギーについて考え、自らのライフスタイル考えるときだ。長い歴史の中で常に自力更生をスローガンに国つくりをした、かつての中国を見習うべきだ。それにはまず「自分の身体は自分で管理」の率先垂範だ。自分の心と体を鍛える、なんでも自主的に行動する。電気の自動化ではなく、「自分の自働化」だ。省エネ、節電は「自働化」から。体力作り、健康管理の第一歩ともなり、節約と健康の一挙領得だ。
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