俺言魂(おれごんだましい):平田孝 スポーツ教育者

心と体を鍛え
地球上どこへ行っても
胸を張って生きられる
知的な野生人になろう

我慢で勝つ - イジメに負けない我慢

戦中の疎開時代の話。伊豆韮山小学校4年だった。

「生意気な東京疎開野郎」と莫迦にされ、登下校時に集団暴行でイジメられた。
原因はクラスの自己紹介だ。
先生が「得意はなんだ」というので、教壇に行き、教育勅語を大声で暗唱した。
このことが 学校中に広がり、毎日いじめられた。

村から片道約5キロの通学。その時に“我慢する事”を覚えた。
Country Roads
Country Roads / contri


野中の田んぼ道で集団暴行を受けた事など度々だった。
誰にも言わず我慢した。
いじめは数か月続いた。
我慢した。
そのつど服はやぶれ、カバンは壊された。
我慢した。
教科書も破れた。
無抵抗で我慢した。

我慢すること!

貴重なる体験として生涯忘れられない。
そのうちに皆、諦め、何もしなくなった。
我慢が勝。後に番長が親友になった。

負けて勝!己の勝つ!
ネバーギブアツプ!

人生にもつながる。
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番長に噛みつき勝ち!

昭和19年 空襲を逃れ
伊豆の韮山村字多田に疎開した。

蒲田小、高津小に続く3度目の転校で、
韮山小学校では
「生意気な東京疎開チビ!」と噂された。

教育勅語以来イジメの連続で嫌な日が続いた。
2か月が過ぎてもいやがらせは続いていた。
あの日は学校帰りの田んぼ道で
隣村の集団生徒7-8人につかまり集団イジメをされた。

韮山|Nirayama
韮山|Nirayama / izunavi


激しかった。なぐる。ける。つかむ。
ボコボコにやられた。

私は逃げながらも「挑むしかない」と判断した。
番長を攻撃だ!
番長に片足タックルで飛びつき、太ももに噛みついた!
ガツチリ噛みついたまま抑え込み!

数分が過ぎたろうか。

あたりは静かで誰もいない。
血だらけの番長を見て、皆、逃げたのだ。
あたり一面は血だらけ。私も血だらけ。
もちろん番長も血だらけでオイオイ泣いている。
番長が泣いた。子分は皆逃げた!
集団イジメとの血闘だ!

以来、チビの東京疎開は怖い! と
学校でも噂が広まり、逆に通学時の友人が増えた。
番長は隣村の上級生だった。
付き合うようになった。
弱いと平和は崩れる。強いと平和を維持できる。

私にも平和が来た。
昨日の敵は、今日の友。
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