俺言魂(おれごんだましい):平田孝 スポーツ教育者

心と体を鍛え
地球上どこへ行っても
胸を張って生きられる
知的な野生人になろう

高浜虚子先生

1957年4月下旬。

私は八田一朗会長と
俳句の高浜虚子先生の 鎌倉の御宅を訪問した 。
八田会長のオースチンで。運転は八田会長の助手。

八田会長は
日本レスリングの大学選抜選手団が2か月間の
全米1周武者修業を 無事終了したこと。
全米選手権に於いて私が優勝! したことを話した

その時詠んだ句

狩りの犬獲物を追つて何処までも
八田一朗
P9050781.JPG



駄犬にはあらざりし此の狩りの犬
高浜虚子

Kyoshi_Takahama.jpg


駄犬にあらず!
こころに響いた言葉だつた!
目標は1960年五輪
”ローマへの道”
挑戦の始まりだ

俺言魂 平田孝
1960ローマ五輪レスリング日本代表
1964年東京五輪国際審判員日本代表
あしあと | - | -

出光佐三社長 、海賊と言われた男。

海外遠征の思い出は、練習より遠征費つくりが先決!

1958年頃の日本レスリング協会は貧乏!
海外遠征費用は 役員、選手、全て自己負担だった。

したがって、代表選手は地元で遠征費つくりに汗かく。
私の場合は1958年のイラン遠征代表が決まっていた。
この年、神奈川スポーツ賞受賞したら、内山岩太郎県知事と面談できた。
内容は、いわば金策相談? であった。
内山知事の紹介で、出光興産の創業者、出光佐三社長がスポンサーになってくださった。選手団丸ごと支援を受けた

当時、イランに日本大使館はまだ無い。
出光が政府の代行のようなものだった。
出光イラン駐在事務所の皆さんのおかげで選手団は大いに助かった。
イランはフランス語は話すが英語は通じない。
とにかく、選手団は滞在中に出光の皆様から助けられた。
出光佐三社長 、海賊と言われた男。
当時、イラン原油積み出しでイギリスから海賊船とののしられた。
そんな出光佐三社長と社員の皆様に感謝を忘れない!

創業者「出光 佐三」 - 歴史 - 出光興産
映画『海賊とよばれた男』公式サイト



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