汽車旅のしおり

ややこしいけれど、鉄道ファンとは、鉄道を直接楽しむ人だ。撮影するためにカメラを買ったり、乗るために切符を買う。鉄道趣味ファンとは、鉄子タレントのCDを買ったり、鉄子イベントに参加する人、鉄道擬人化フィギュアなどを愛でる人たちだ。私などは典型的な前者で、くだらん玩具を買うくらいなら切符を買えといいたくなる性分である。

さて、横見氏への誤解とは、彼が後者を煽る存在だと認識されていることである。しかし横見氏は前者である。とても禁欲的な、昔ながらの鉄道好きだ。それは本書を読めば良くわかる。

本書は、横見氏がJRの全駅訪問を志してから達成するまでを記録した紀行文だ。ひたすら列車に乗り、駅を乗降する。都会の電車しか知らない人なら簡単に思える行為が、実はそうではない。地方には1日1本しか列車が止まらない駅や、季節限定の駅がある。1日1本の駅で降りたら翌日まで列車は来ない。そんなには待てないと、彼は隣の駅へ徒歩を試みる。しかし、不便すぎる駅の周辺は人里はなれた僻地である。道路には歩道も無く、トラックやクルマが猛スピードで駆け抜ける。雨が降ったら隠れる場所も無い。訪問記念に駅構内の略図を描いていると、不審人物として通報されてしまう。

好奇心から始めたことではあるが、彼自身、何でこんな苦行をしているのかと嘆息する。バイトで稼いだ金を切符につぎ込み、食パンにジャムを塗っただけの食事、宿泊は無人駅で寝袋を常とする。なによりも孤独である。意外にも、都会の駅のほうが「単調でつまらない、苦しい」と記している。鉄道と言う文明のシステムに寄り添いながらも、その行いは登山や砂漠の横断に近い。その違和感が本書を貫く面白さだ。

しかし、こうした孤独な試練に耐え続けて、ようやくゴールが見えてくる。それまで音沙汰の無かった友人たちが、彼のゴールを演出するために奔走し始める。彼は真の孤独者ではなかった。鉄道に乗ってるだけの紀行文を読んでいたはずが、最終章を読むと目頭が熱くなってくる。彼は「時間があれば誰でもできる」と謙遜しているけれど、彼の成したことは、乗り鉄としては偉業であり、冒険であった。全駅訪問を一冊で書き上げたから、はしょった路線も多い。だからこそ、「ここはいい」と言う駅の価値がよくわかる。駅の趣について、好き、嫌いをはっきり書くあたりも清清しい。

宮脇俊三を「鉄道旅行を文学に昇華した人」と評するならば、横見浩彦を「鉄道旅行を冒険として挑んだ人」として評価すべきだ。だから、あえて申し上げるならば、横見氏には「鉄道冒険家」という新ジャンルを追及し、廃線跡や海外の鉄道に挑んでほしい。現在の横見氏は「鉄道趣味ファンのガイド役」になってしまっている。そういう役回りは確かに必要かもしれない。しかし、彼がいるべきところはそこではない、と私は思う。私は彼の次の「冒険」を読みたい。